風信子だより

ここでは、仙台東教会が毎月発行している「風信子(ひやしんす)だより」を掲載しています。牧師や教会員の方の記事を中心にした月報です。

2017年04月23日 ( 日 ) 新年度に思うこと


 
仙台東教会月報
風信子便(ヒヤシンス)だより 2017年4月号第119号 
 
        新年度に思うこと

 あんなに待ち焦がれていた桜花も一夜の雨風でほとんど散ってしましました。桜は、この「儚さ(はかなさ)」が信条であります。昔学生の頃、友人に「人の夢、と書いてはかないと読むんだ」と言ったら、彼はいつになく悲しそうな顔をして、「聞きたくなかった…」と返事していたことを思い出します。北海道育ちの私にとって、ソメイヨシノの美しさにはいつも見とれてしまいます。上着を脱ぐと、はらはらと桜の花びらが舞い落ちるのをみて、これぞ風流!と感じたものでした。
 
 桜にまつわる話は尽きませんが、この原稿が届く日は、教会の定期総会の当日であり、新年度の教会や宮城中地区に関係する話をひとつふたつさせていただきたいと思っています。
 四月一七日(月)に行われた宮城中地区牧師会は、これまでとは違って、宮城中地区の実質的なことが話し合われました。すべてをお知らせすることはできませんが、重要なことを記します。この牧師会で話し合われたことは、五月一四日(日)に行われる地区総会の議案を検討する機会でもあります。
 宮城中地区では、現在二つの教会に専従の牧師がいません。お隣の宮城野愛泉教会と仙台市民教会です。このことについては、教会の祈祷会においても祈りの課題としてとらえ、ことあるごとに祈ってきました。しかし、日本基督教団は、歴史的に様々な教派が集合した合同教会であることから「各個教会主義」をその基(もとい)に据えています。各教会の宣教活動には口を挟まない、それが牧師と信徒の関係性であったらなおさら、介入しないということが原則です。しかし、そうは言っても教会が苦しみ、悩んでいるのを見過ごすわけにはいかない。牧師会の中でも多種多様の意見がありました。見過ごしたことを謝罪すべきだ、それはできない、地区として、もっと支援体制を強化すべきだ、いや、財政的にも人員的でも無理なので教区に任せるべきではないか…。結局、地区としてできることはささやかですが、教会支援を始めることにしました。そのことを総会で提案できれば、と願います。その他にも婦人会のことなど、表面的なことだけではなく、中身に踏み込んだ議論ができたと思います。ただ、地区の活動については、あくまでも地区総会で決められるわけですから、総会が終わりましたらまた報告させていただきます。

 本日は、教会の定期総会が行われます。重要な報告、提案がありますが、もっとも大きなことは、今年度一年間の聖句である「年間主題」が決まることです。それは、本日の聖書箇所でもあるフィリピの信徒への手紙第二章一四、一五、一六節から与えられました。もちろん教会の定期総会に出席された方々の総意によって決まります。
教会の礼拝に集う人たちは、曲がった邪悪なこの時代に、この世の光として輝いている、パウロはキリスト者に向けてこのように励まします。そのために、「何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい」とパウロは勧めます。
 ここで大事なことは、私たちは既に輝いているということです。もう既に、キリストのみ言葉の光を受けて私たちは輝いているのです。そして、罪を負っている人間の社会は、「よこしまな曲がった時代なのである」ということが、明確に伝わります。人間の罪とは、神という的を外し続ける「狂った矢」としての的外れ人生を表しています。数ある罪の中で、もっとも重大なのは「神を遠ざける、神に向かわない、神を知ろうとしない、神を無視する」ことです。神様のために光り輝き続けて、イエス様を証しし続けたいと願います。 (牧師 中井利洋)
※写真は、東北学院大学土樋キャンパス・ラウハウザー館まえの桜です。4月12日に撮影しました。 
[バックナンバー]

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2016年度仙台東教会教勢
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「聖体拝領」氏家桂子さん、「教会の思い出」丹野美香さん
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