風信子だより

ここでは、仙台東教会が毎月発行している「風信子(ひやしんす)だより」を掲載しています。牧師や教会員の方の記事を中心にした月報です。

2017年06月18日 ( 日 ) 誰がためにカルテットは響く?


 
風信子便(ヒヤシンスだよ)り 2017年6月号〜121〜
 仙台東教会月報
      誰がためにカルテットは響く?

 六月七日(水)の午後六時半から東北学院大学泉キャンパス礼拝堂で、「時代の音」コンサートとレクチャーが行われました。なんとか時間が取れて何年か振りで「時代の音」コンサートに行くことができました。何しろ表題が「誰がためにカルテットは響く?モーツァルトは神の子か」というもので、モーツァルトが大好きな私にとっては、最上のテーマでした。音楽研究所の今井奈緒子教授と同窓である東京芸術大学の四人の方が「古典四重奏団」というグループを結成されて四〇年。楽譜を見ずに弾かれる四重奏。一七歳、二五歳、そして晩年のモーツァルトの作った弦楽四重奏曲が、チェロの担当である田崎瑞博(たさきみずひろ)さんのレクチャーをはさみながら演奏されました。
 「アマデウス」という映画もあったように、モーツァルトは天才、神の子と言われていますが、それは本当だったのか、というのが今回のテーマです。五歳で弦楽四重奏曲を作ったとされ、その曲も演奏されました。モーツァルト家のような環境があれば、五歳の弦楽四重奏曲は作れるが、しかしそれから不断の努力を続けたモーツァルトは、だれにも真似のできない美しい曲を作ることができるようになった、そのことを現存する自筆譜で説明してくださいました。前に書いた音符をぐちゃぐちゃに消しているのです。なんとかその消した方を解読して、今回演奏されている方を比較してみると、モーツァルトが美しい音楽のためにどれだけの努力をしたのか、ということが浮き彫りにされてきます。
「古典四重奏団」の方々の素晴らしいところは、その実力もさることながら、楽譜を見ずに演奏されるところです。全員が完全に暗譜しているからこそ、あの響き、重厚感、繊細な部分まで神経の行き届いた音楽が演奏されるのだと思いました。


 どうしてモーツァルトが好きなのでしょう。直接には若いころに読んだ小林秀雄の「モーツァルト」が影響しているのは間違いありません。「モーツァルト」の冒頭には、有名なト短調カルテットのことが出てきます。今回の「時代の音」コンサートでは、八歳時の四重奏曲が演奏されましたが、実はこの曲はト短調でした。モーツァルトのト短調の曲は特別です。交響曲では「アマデウス」のテーマともなった二五番、そしてもっとも知られている四〇番、モーツァルトの「悲しい美しさ」「明るい悲しみ」という特徴を端的に表しているのがト短調の作品群です。さらにモーツァルトの他の短調の曲たち、イ短調ピアノ協奏曲や最後の作品レクイエムにつながっていくという、お話も伺いました。
確かに、モーツァルトは天才であるには間違いありません。誰も五歳や八歳で確かな構成力のある弦楽曲を作ることができる人はいません。しかし、天才モーツァルトはもう一つ神様に素晴らしい賜物(カリスマ)をいただきました。それは不断に努力する、努力できるという力です。ですから、そんじょそこらの天才とは違う曲を書くことができました。

最近は、苺を栽培する人や、味噌を作る人たちがモーツァルトの曲を苺や味噌に聞かせると美味しい苺や味噌が出来上がると言います。最初はそんなことがあるのだろうか、と思いましたが、モーツァルトの醸(かも)し出す音楽の情景は私たち、生きている者ばかりではなく、果実や味噌のようなものにも影響を与えることは、理屈では分からなくても感覚的なところは、通じるような気がします。
 モーツァルトの音楽が染み透って、醸造される味噌や清酒の麹(こうじ)がすっかり気持ちがよくなって、モーツァルトの音楽のようなうまみが出てくる、考えただけでも神様の業が伝わって来るようです。                        (牧師 中井利洋)
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